2012年01月18日

天からのパン

イスラエルの人々はそれを見て、これは一体何だろうと、口々に言った。彼らはそれが何であるか知らなかったからである。モーセは彼らに言った。「これこそ、主があなたたちに食物として与えられたパンである。 主が命じられたことは次のことである。『あなたたちはそれぞれ必要な分、つまり一人当たり一オメルを集めよ。それぞれ自分の天幕にいる家族の数に応じて取るがよい。』」 イスラエルの人々はそのとおりにした。ある者は多く集め、ある者は少なく集めた。 しかし、オメル升で量ってみると、多く集めた者も余ることなく、少なく集めた者も足りないことなく、それぞれが必要な分を集めた。 (出エジプト記16章16~18節)



今日も一日、主の恵みゆたかでありますように。
  

Posted by kanegon at 10:50Comments(0)TrackBack(0)聖書のこととか

2012年01月17日

1・17

そういえば今日はあの阪神・淡路大震災から17年目の日だった。昨年のブログでは映画『その街のこども』を取り上げた。



で、今年は…朝から時々そのことを考えてみるが、これといったメッセージが思いつかない。考えてみれば去年の日記だって「自分に言えることは特にない」という中で、あの映画を紹介させていただくだけにとどめたのだった。

少なくとも今いえることは、昨年の「3・11」があって、改めて「1・17」も思い起こされ、問い直されたということだ。

「1・17」を生きた人たちが、今「3・11」を生きようとする人たちの力になろうとしている姿を、今日のテレビの放送で垣間見た。

そんな中で、一宗教者である自分は改めて何を問われているのだろう。宗教者が果たすべき役割とは何なのだろう。

もしかしたらそれは「問うこと、問われること」それ自体が牧師である自分に求められいるのではないだろうか。そして祈ること、これである。

混沌としている中でズバリとした答えを導き出したり、現政権の悪口ばかり言い連ねている宗教者たちもいるという(私も現政権に賛同などできないが)。

そんな中で私は敢えて、ウジウジとした、行ったりきたりの悩みの中に身を置こうと思う。それが1・17に何のメッセージも発することの出来ないボンクラ牧師のせめてものの意思表示である。

どうか、それぞれの「1・17」を生きてきた人々の魂が、今宵も主なる神によって守られますように。
  

2012年01月17日

山のれすとらんへ

昨日は、魚彦会館さんにお声をかけていただき、東栄町にある「やまのれすとらん さかた」さんにお邪魔してまいりました。さかたさんは「どすごいランチ スタンプラリー」に参加されておられます。


魚彦会館さんに集合。バスを出していただきました。


到着~




周辺のロケーションはこんな感じ。すぐお隣が川で、夏にはホタルの群れが楽しめるそうです。


ブロガーさん大集結。25人ぐらいはいたんじゃないかな?


お部屋の中から




お店の外見。なんか可愛くて好きだぞicon06


しゃべくり王子さんも、どすごいブログ代表として参加


さて、ご馳走になりましたランチはこんな感じ。1050円とお手軽な価格。美味しかったのでご飯お代わりいただいちゃいましたkaeru


小さな鶴の折り紙。こんなワンポイントのお心遣い、いいですね。


さかたさんご夫妻。ミス東栄町?の奥様とご主人。実はさかたさんのブログはドラゴンズネタの時などに拝見させていただいておりました。そのことを奥様に告げますと「あら、金子さんもドラゴンズファン?」「あ、いや、僕ヤクルトスワローズなんです。東京生まれなもので…icon10


こちらは遅れて参戦のすぎうらさん。しっかし痩せたなあ…現在70kg前半だって…私の目標を軽く追い越していった…本気で尊敬しますわ…。

このほかにもさかたさんでは絶品と噂のカツカレーなど、美味しいメニューをご用意してくださっております。ぜひお出かけください。

『山のれすとらん さかた』
愛知県北設楽郡東栄町大字本郷字二タ田25-2
TEL  0536-76-1453

店長さんのブログはこちら

お誘いくださいました、魚彦会館さん、色々ご尽力くださった青蛉返さん、スタンプラリーの企画者であるしゃべくり王子さん、そしてこの日ご一緒のブロガーのみなさん、楽しい時間をありがとうございました。そして何よりもさかたさん、美味しいお食事をありがとうございました。


  

Posted by kanegon at 10:29Comments(4)TrackBack(0)

2012年01月13日

朝のつぶやき

大地を造り、その上に人間を創造したのはわたし。自分の手で天を広げ、その万象を指揮するもの。(旧約聖書 イザヤ書45章12節)



おはようございます。新年早々、三日坊主のダメブロガーkanegonです。どうにも筆が進まない日々で、楽しみにしてくださっている皆様には申し訳ありませんです。

さあ、今日からボチボチとペース上げて行きます。本年もひとつよろしくです。


  

2012年01月10日

年末年始雑感(週報のコラムより)

※25日の礼拝を終えた後は疲れがピークに達し、体調を崩した。毎年この時期に風邪をひくのが恒例となってしまっている。



※26日には教会青年会の集会を開催。メンバーが友達を連れてきたりして盛会となった。ほぼ毎月例会を開けたことは大きな感謝である。

※27日は東三河牧師会のクリスマス会。出席者たちが「今年を振り返って」スピーチをしたが、やはり話題の中心は震災のこと。新年度は具体的な震災時の対策について意見交換する案も出た。以前震災のあった柏崎で牧会経験のある牧師は「自分あの時とにかく聖書を読んだ。これまでにないほど心に御言葉が響いた経験はなかった」とのこと。これも牧師会でぜひ分かち合いたい。実際に震災が起きれば教派を越えて協力しあわねばならないのだから…。

※正月の楽しみは箱根駅伝。東洋大の強さが群を抜いていた。「山のスペシャリスト」柏原くんに依存せずに一人ひとりが自立しようとしたからこその圧勝。これって日本人の在り方や教会の伝道にも通じることかもしれない。

※大晦日に驚いたのはオウム真理教の元信者・平田信容疑者の突然の出頭。本人は麻原を信奉しておらず、死刑は妥当だという。しかし麻原たちの死刑を引き伸ばすことが目的だとの声も。いずれにせよ17年もの間どのように潜伏していたのか。やはりオウム事件は何一つ終わっていないのだ。

※6日のブルー・クリスマスin名古屋はホームレスの方や難民の方も参加され、教派を超えた静かな祈りの時となった。感謝。

※昨日の愛知東地区の全体研修会では、福島の牧師先生が来て下さって、現地の声を聞かせてくださった。この先生はカルト問題に長年関わっておられたが、「原発も統一協会などのカルトも、同質の問題を感じる。とにかく反対の声や異論を徹底的に封じるんだ」とのこと。なんだかすごく納得がいった。

てな感じで今年もよろしくです。

kanegon
  

2012年01月01日

新年

皆様、新年あけましておめでとうございます。本年も宜しくお願い申し上げます。

昨年は東日本大震災などの災害が起こり、悲しみの深い年でした。

でも例年のように繰り広げられる「今年こそよい年にしましょう」というフレーズ(今朝もテレビでタレントが言ってた)には違和感があります。

悲しみも多く、問われることも多かったけれど、イコール悪い年だった、というのもいかがなものでしょうか。

仮に経済が好転して、懐が潤っていけばイコール良い年なのでしょうか。

そこを私たち一人ひとりが問うていけば、間違いなく「良い年」になっていくでしょう。


私は今朝もいつも通り仕事です。
  

Posted by kanegon at 09:59Comments(0)TrackBack(0)つぶやき

2011年12月31日

今年から来年に向けて

このブログを読んでくださる皆様。一年間お付き合いいただきありがとうございました。

来年もさらに聖書を深く読み、聴く者でありたいと思います。そこで得たモノを皆様と共に少しでも分かち合えたら嬉しいです。

そして見せかけの「絆ブーム」などに騙されることなく、震災がもたらせたものは何か。そのことを問い、問われ続けたいと願っています。この「どすごい」では原発のことをほとんど誰も取り上げなくなったので、しつこく書いていきます。

そして野球のこともたまに。2012年ヤクルトスワローズの優勝への道のりを追いかけます。


そんな感じで来年も、またよろしく。

  

2011年12月29日

年の瀬

今年は25日がクリスマス礼拝で、1日は日曜日なので通常通り礼拝を行う。23~25の三日間、およびそれまでの準備期間は鬼のように慌しかったが、年末の期間がいつもよりゆっくりできている。少々風邪気味でもあったのだが、昼寝をしたりして大分スッキリした。



年末にきて世間も色々あるようだ。民主党も増税を巡って離党議員が相次いだ。選挙公約が守れず、内部分裂を繰り返しているのだから、愛想をつかす議員もそりゃいるだろう。私も少なからず失望している。

でもこの様子をみていると「いつか来た道」としか思えない。これまでの政権党である自民党も同じようなことを繰り返していた。自民も民主も「同じ政治理念」に基づいて一緒にいる集団ではないのだから、このような事態になるのは当たり前といえば当たり前か。

このような中で「スピーディー」で「市民にも政治実感をもたれ」、「トップダウン式」で改革を行う地方自治体の長に人気が集まっている。世の中、経済が衰退してくれば、強く勇ましい言説に注目が集まるのは常である。

私はそれを良き事だとは到底思えないが。

わかりにくくても、行きつ戻りつしつつも、住民が参加しながら考えていくスタイルこそがこれから求められる政治決定の在り様のはずだと思うのだが…。あともうひとつはこの期に及んで「輝かしい日本の未来」を訴えてみせる政治家は信用してはならない。経済が成長して行くことはもう「あり得ない」のだから。でもそのことを指摘する政治家は野党の中にもいない。

私が世の政治家のほとんどを信頼できずにいるのはそこである。
  

2011年12月28日

12月24日 クリスマスイブ礼拝でのメッセージ

皆様、クリスマスおめでとうございます。今日はじめて教会に訪れた皆様にも、いつもいらしている皆様も、久しぶりに教会に訪れた皆様も。すべての人に今宵、救い主イエスの誕生という喜ばしき出来事がもたらされます。クリスマスはクリスチャンでない方々にとっても大きなイベント、心楽しい日となっていますが、教会にとりましては嬉しいだけで終わってはならない日でもあります。クリスマスカラーは緑(永遠)白(純潔)そして赤です。赤はイエス・キリストが十字架の上で流された血を意味します。つまりこの生まれたばかりの赤ん坊はやがて全世界を救うためにその命をささげられる、そのために生まれてきたということを憶える時なのです。そしてまた、救い主が「平和の主」として貧しい若い夫婦の下に生まれたこと。そしてこの若い夫婦はローマの圧政下で、多くの人々同様、まるで難民のような状態で長旅を強いられたということ。その事を忘れてはならないのです。



 少し前の話ですが、イスラエルで集団のミイラ化した遺体が発見されたそうです。壮年男子・若者・女性・子ども合わせて20体ぐらいのものだったそうです。それらを分析しますと、男子には戦闘によるものと思しき傷跡がありました。女性にも後頭部を殴られた痕がみられました。お腹の中に胎児を宿した若い女性のものとみられる遺体もありました。これらはイエス様が生きておられた2000年前の頃のものだと推定されています。この時代のイスラエルは内戦・民衆蜂起が繰り返されていました。小さな子どもや女性でも暴力の犠牲になってしまう時代であり、そんな時にイエス様はお生まれになられたのです。そして今も世界の至るところで暴力の連鎖、暴力による支配は見られます。


私たちの国ではこうした「目に見える暴力」はないかもしれません。しかし「暴力」は存在していないのでしょうか?インターネットを開ければ暴力的な呪いの言葉がウジャウジャ出てきます。あるいは若者に働く場所がありません。学業も疎かにさせられ、いつ終わるともしれない就活を延々とさせられているうちに、若者たちは心も身体もヘトヘトに疲弊させられています。自ら命を絶つ人の数は年間3万人。今年はかなり増えるだろうと思われます。これも社会による何らかの暴力の結果だと言えないでしょうか。



 そして今年を語る上では、福島原発事故による放射能汚染があります。冷温停止したなどと野田首相が発表しても、それが本当だと裏付けるものはないし、本当だとしてもそれ自体は何の問題解決でもありません。匂いもなく、色もない放射能は今も拡がっています。今後放射能による癌などの症状が広がるでしょう。「因果関係も証明されない」ままに。また、原発の立地が示すこの国の構図も実に「暴力的」なものでした。



 この暴力的な構図に向かい合うイエス・キリストという方は、それでは「革命戦士」のような存在だったのでしょうか。2000年前のイスラエルと現在の私たちと、強く逞しい、決然としたリーダーを求めるという点ではよく似ているようにも思えます。そしてイスラエルの歴史でもそのようなリーダーが活躍した時代は確かにありました。でもイエス様はそのような方ではありません。むしろその対極にあり、私たちの痛み・悲しみの隣にいて寄り添い、支え、その涙も受け止めてくださる救い主でした。

3月11日の夜。震災の被災地は電気が止まり、真っ暗闇になってしまったそうです。津波の被害の全体像もわからない。絶望と不安が覆う中、あるキリスト者の若い女性がふと真夜中の空を見上げたそうです。するとそこには一面満天の星空が広がっていたそうです。人の作った技術-力である電力が失われた時に、神様の創られた星々が見えた。それは彼女だけでなく、絶望の中に置かれた人々にとって、今日読みました降誕記事のように「ベツレヘムへ導く希望の星」に他ならなかったのではないでしょうか。神様は救い主を「平和への導き手」として小さな姿で与えてくださいました。しかし聖書にはまた「平和を作り出すものは幸いである」とも書かれています。私たちが「平和の担い手」であることも求められています。そのために私たちは何ができるのか、何をしなければならないのか。共に祈り求めるクリスマスでありたいと願います。
  

2011年12月25日

クリスマス!christmas!

2011年、クリスマスの喜びをお伝えします。





洗礼式もありました。

こんな可愛いサンタさんもいただいちゃいました。

牧師ってあんまりお金にはならないけれど幸せな仕事だよな、って毎年思います。



  

2011年12月24日

さやかに星はきらめき

クリスマス、おめでとうございます。今年もこの曲で。。。



さやかに星はきらめき 御子(みこ)イェス生まれ給う
長くも闇路(やみじ)をたどり メシヤを待てる民に
新しき朝は来たり さかえある日は昇る
いざ聞け、御使(みつか)い歌う
妙(たえ)なる天(あま)つ御歌(みうた)を
めでたし、清し今宵(こよい)

輝く星を頼りに 旅せし博士のごと
信仰の光によりて 我らも御前(みまえ)に立つ
馬槽(うまぶね)に眠る御子は 君の君、主の主なり
我らの重荷を担い
安きを賜(たま)うためにと
来たれる神の子なり

「互いに愛せよ」と説き 平和の道を教え
すべてのくびきをこぼち 自由を与え給う
げに主こそ平和の君 類(たぐい)なき愛の人
伝えよ、その福音(おとずれ)を
広めよ、聖(きよ)き御業(みわざ)を
たたえよ、声の限り
(讃美歌第2編の歌詞より 原題「Oh holy night」)




明日25日(日)は10:30よりクリスマス礼拝です。
皆様のお越しを心よりお待ち申し上げます。
初めての方もぜひ…。

牧師 金子“kanegon"敏明


  

2011年12月24日

こどもクリスマス!その①キャンドルサーヴィス

三連休の初日ということで、果たしてどれだけのお友達がきてくれるかなあ…と若干不安の中、例年を越える子どもたちが遊びにきてくれましたface02ありがとーっ











キャンドルの灯りの下、子どもたちと一緒にクリスマスのキャロル(さんびか)を一緒に歌いました。子どもたちにも忘れがたい経験となったのではないでしょーか。

直前まで悩んでいたのが「2011年という年のクリスマス。子どもたちに何を語れるだろうか」ということでした。

「イエスさまは“平和の主”としてお生まれになられました。けれども聖書には“平和をつくりだすものは幸いです”とも書かれているのです。誰かに任せていてはいけないんだよ、僕ら一人ひとりが平和をつくるお手伝いをしなきゃいけないんだ。今、震災や津波で家族を失って悲しんでいる人のために僕たちなにができるでしょうか?僕たちだっていつ大きな地震が襲ってくるかわからないよね。それに原発や放射能のことだって心配です。僕たちが平和のためにできるほんのちょっとのことをお互いにできたら、。これこそ素晴らしいクリスマスプレゼントではないでしょうか」

そんなメッセージを語らせていただきました。


  

2011年12月23日

明日の日没からが「クリスマス・イブ」です。

「マリアは男の子を生む。その子をイエスと名づけなさい。この子は自分の民を罪から救うからである」
(マタイによる福音書1章21節)




世間では12月24日を「クリスマス・イブ」と呼んじゃったりしていますが、24日の日没からがイブ(前夜)となります。どうぞ皆様、それぞれによいクリスマスが訪れますように。皆様の上に祝福が豊かにもたらされますように。

…で、宣伝。

12月24日(土)18:30~
「クリスマスイブ礼拝(キャンドルサーヴィス)」
(入場無料 自由献金)


というわけで、教会はじめての方も、「クリスチャンでないんですけど…」という方も、ぜひぜひ遊びにいらしてくださいね(てか毎年そういう方がたくさんいらしてくださるんですけどねface02感謝なことです)。

日本キリスト教団 豊橋教会
豊橋市八町通4-67
(0532)52-0756



大きな地図で見る


  

2011年12月23日

速報「こどもクリスマス」

とりあえず写真のみで。お越しいただいた皆様、ありがとうございましたface02ハンドベルはちょいと感動しちゃったよicon06



  

2011年12月23日

いよいよこどもクリスマス



お待ちしてます(≧∇≦)
  

Posted by kanegon at 10:48Comments(1)TrackBack(0)

2011年12月22日

クリスマスがそこまで

光が輝くとは
絶望の夜がないことではない。
それは、夜が照らされ、
それが超えられるということ。
(ハインリヒ・フリース)




2011年冬。今年もクリスマスを迎えられること。このコトを心から感謝したいと思います。
これを読んでいる皆さんは今年どんなクリスマスを迎えられるでしょうか?

クリスマスって誰もが大切な人と暖かく過ごせるかといえば、そういうわけではないでしょう。
一人で過ごさねばならない人もいる。聖夜も夜通し働かねばならない人もいる。
仕事があればまだマシ。不安の中で、あるいは寒空の中で過ごさねばならない人も。
大切な人、愛する人を失って悲しみの中にいる人も。

その全ての人のもとにクリスマスは訪れます。

華やかで楽しいだけがクリスマスではありません。笑顔でなければならないわけでもありません。
前向き・ポジティブでなければならないわけでもありません。

それぞれの心に、幼子イエスの誕生という出来事はそっと寄り添ってくれるのです。




12月23日(水・祝)13:30~15:00
(入場無料)

♪今年はこんな内容です♪

☆キャンドルライトサーヴィス
☆クリスマスキャロルを歌おう
☆ゲーム
☆みんなでハンドベルに挑戦!
☆参加者みんなにプチプレゼントがあるよ





というわけで、教会はじめての方も、「クリスチャンでないんですけど…」という方も、ぜひぜひ遊びにいらしてくださいね(てか毎年そういう方がたくさんいらしてくださるんですけどねface02感謝なことです)。


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2011年12月21日

牧師というお仕事

神は人間の理解を超えたもの、
近づきがたく、目に見ることができず、
想像を絶したものであった。
神は人間となり、
わたしたちの近くにやってこられた。
飼い葉桶のなかに、私たちが神を見て、
理解することができるようにと。
(クレスポーのベルナルド)




昨夜は、まちの学校~GLOBAL WORKSHOPの講師を務めさせていただきました。これは様々な職種の大人たちが、子どもと親御さんに自分の職業のことを知ってもらう公開ワークショップで、今回で4回目。ブロガーさんやfbつながりの方が多数講師を務められます。

さて、僕のテーマは「牧師ってなあに?」ということで、まずクリスマスって何を祝うの?どうして?から初めて、教会でのお仕事のお話をさせていただきました。こういう相談を受けるんだよ、とか、お葬式の時にはこれだけ大変なんだよ、などなど…。子どもたちというより、大人たちからの質問が途切れませんでした。
「プロテスタントとカトリックの違いって?」
「教会って誰でも入れるの?」
「エホバの証人ってキリスト教なんですか?」
「教会のお葬式って誰でもお願いできるんですか?」

等々・・・。

いつか教会に遠足に行こうか♪なんて嬉しい声もいただきました。感謝。このような機会を与えていただきましたこと、代表の星野圭子さんはじめ運営スタッフの皆様に御礼申し上げます。

  

2011年12月19日

こどもクリスマスのご案内

毎年恒例になりました「豊橋教会 こどもクリスマス」のご案内です。



12月23日(水・祝)13:30~15:00
(入場無料)

♪今年はこんな内容です♪

☆キャンドルライトサーヴィス
☆クリスマスキャロルを歌おう
☆ゲーム
☆みんなでハンドベルに挑戦!
☆参加者みんなにプチプレゼントがあるよ





というわけで、教会はじめての方も、「クリスチャンでないんですけど…」という方も、ぜひぜひ遊びにいらしてくださいね(てか毎年そういう方がたくさんいらしてくださるんですけどねface02感謝なことです)。


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2011年12月19日

午後の呟き

☆昨夜はfacebookの集いに参加させていただいた。その中で初めて出会った方にも意外なほどにこのブログも読まれていることにオドロキ。このところ更新ペースが落ちているし、身を引きしめてがんばろう。



☆明日はglobal workshopの講師。キリスト教のことをまったく知らない子どもや親御さんに「牧師という職業とは何ぞや?」を語らねばならない。難しい課題だが、引き受けさせていただいた。他ならぬ星野さんの頼みだし、ということもあるが、それ以上にとても良い機会なのだと感じたからだ。この国において牧師とは教会の中だけにふんぞり返っていてはいけない。

☆教団新報が届く。表紙は仙台東六番町教会の高橋和人師。雪化粧の教会の写真を見ながら、被災地の厳しい冬を思う。

☆東北教区センター「エマオ」の“有償ボランティア”が公募されていた。若い伝道師を一定期間教団が給与を保障して行かせればよいのだ。それにしてもなぜこんな時期になって慌てて…しかも「隠退教師含む」とはオドロキである。教会や教区で威張り散らすことだけを憶えた老人が行っても、現地の迷惑でしかないだろうに…。

というわけで、本日は市内某所で歌ってきま~す。
  

Posted by kanegon at 15:20Comments(0)TrackBack(0)

2011年12月16日

夜のつぶやき

珍しく夜に呟いてみたりする。



☆今年の漢字は「絆」らしいが、僕はこの言葉が嫌いだ。どことなく日本を覆う全体主義的な傾向を感じる。僕のように「ほっといてもらえませんか」的な人間にとってはどことなく恩着せがましくしか感じられない。宮崎学氏は「絆なんてものは生きるも死ぬも一緒ってことや」と言っていたが、そんな覚悟も持たない人間が安っぽく「絆」を振りかざす。人間同士にそんな覚悟なんて持ちきれるわけがないんだ。

☆最近の葬儀の流行は「自分らしい葬儀」「その人らしく最期を」らしいけど、この傾向は宗教者ならば「おかしい」と言い切るべきだと思う。僕は「その人らしさ」なんて愛唱讃美歌を歌うだけで十分だと思うし、キリスト教礼拝形式以上の葬儀なんてあり得ないと思う(僧侶なら仏式でしょう)。「その人らしく型にはまらない葬儀を…」と言われたら「だったら僕に頼まないで葬儀社で無宗教式のものでもやってもらえばよいでしょう」と言う。ただ無宗教の葬儀なんて僕は「あり得ない」と思うけどね。

☆読売ジャイアンツはひさびさに大型補強。横浜から村田、ソフトバンクからホールトン、更にFAした杉内までも獲得するつもりらしい。しかし、1+1=2とならないのが野球の面白いところ。むしろ1+1が5にも10にもなる場合もあるし、そんな野球がみたい。来年のセ・リーグでそれが実現できるのは、我が東京ヤクルトスワローズを置いて他にはないだろう。根拠?監督の顔ぶれをみればわかることさ。

☆野田総理は福島第一原発の事故収束に向けた工程表ステップ2(冷温停止状態の達成)の終了を確認し「発電所の事故そのものは収束に至ったと判断される」と事故収束を宣言した…っていうけど、そんなん誰が信じますか?いや、達成したとしても問題はこれからじゃないか。おそらく数年後にはガン患者が大量発生するのでは…それも子どもたちの…祈るしかない…のか。

  

Posted by kanegon at 23:25Comments(2)TrackBack(0)